子どもたちの共通理解と個性

こんにちは!長野市の放課後等デイサービスのこどもプラス長野青木島教室です。今日は、こどもプラスの子どもがグングン伸びる最新の脳科学情報から「子どもたちの共通理解と個性」のお話をしたいと思います。

日本人は“意見の食い違いを人格否定につなげる傾向がある”と感じることがあります。海外生活の経験をお持ちの方ならお分かりいただけるかもしれませんが、日本人は意見を闘わせるのが苦手です。
海外では、ひとつの問題に対してみんなで意見を交わすのは普通のことです。また、その意見が一致しないのは当然とも言えるでしょう。なぜなら、人はみなそれぞれに異なった感覚や価値観を持っているからです。意見が一致することのほうが稀と言っても過言ではありません。

スポーツの世界でも指導者の“一人ひとり”が強烈な個性を持っていることが多くあります。当然、意見などまとまらないことがほとんどです。自分の現役時代の経験、慕ってきたコーチの影響、ポジションの特性などによって、独自の“哲学”があるのです。しかし、残念ながら意見の食い違いを人格否定につなげてしまう人がいます。特に、日本では公衆の面前ではほとんど意見を言わないけれど、影で噂することがよくあります。

子どもたちの中で、チームについて話し合いを持ったとしても、中途半端な意見交換で終わってしまうと「あいつ、あんなこと言ってたぜ、最低だな」「頭おかしいんじゃねえか」と、後になって後ろ指を指されることもあるのです。特に、育成年代の子どもは自分の成長が第一です。這い上がるためには、他社と共存するよりも、蹴り落したほうが楽で安心だという気持ちが働くのです。

ですから、まずは適当な意見交換で済ませずに、徹底的に議論することが必要です。そして、その意見に至った理由や経緯についても耳を傾けましょう。時には「何度理由を聞いても納得できない」という部分も出てくることでしょう。
しかし、私はそれでいいと思います。徹底的な議論のうえで意見が一致してきた部分は「共通理解」として大切、一致しなかった部分については「個性」と捉えてはいかがでしょうか。「誰とも意見が一致しない」「同じ考えではない」ということはある意味で大変貴重なことだからです。
「共通理解」と「個性」、議論の末に得られるものは、どちらも大切なものだということに気付くのがとても重要ですからね。

日本人の“村八分”の精神が選手を小さくしている

テレビなどでスポーツの試合観戦をする方は感じているかもしれませんが、日本のスポーツではある選手の特色を中心としてチーム作りをする例は少ないと思います。

例えば、日本のサッカーのチーム作りは、「個」というよりは「組織」という感じが強いスポーツです。それは、日本人の身体能力の問題が第一に考えられます。残念ながら国際試合では、ある個人の選手1人だけで、局面を打開できるほどの身体能力を備えている日本人は少ないのが現状です。しかし、私はそれだけが理由ではないと考えています。

我が国には、江戸時代から村の寄り合いなどの風習があり、周囲と足並みを揃えることを重視してきました。そのため、寄り合いに参加しなければ村八分という仕打ちを受けて、周囲の人たちから干されることがありました。仲間はずれにされることを「ハブられる」などという現代用語は「村八分」が語源になっていると聞いたことがあります。その他にも、日本のことわざで「出る杭は打たれる」というものがあります。目立とう!とか、人と違ったことをしてやろう!、というのは古い日本人の考え方からすると受け入れにくいものなのかもしれません。

しかし、世界レベルで闘っている選手たちを見ると、個で局面を打開できる選手が揃っています。単純に身長だけで比べるわけではありません。マラドーナ、ジーコ、メッシ、カンナバーロなどは、平均的な日本人の身長ほどもありません。必ずしも、人と足並みを揃えるだけでは「特徴のある個」は育ちません。時には目立とう、人と違ったことをしてやろう、という子どもの気持ちも大切にしてあげると、選手としての可能性も広がるかもしれません。この辺りは指導者だけの力では限界がありますから、お父さんお母さんの声掛けも大切にしてあげると良いでしょう。

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こどもプラス長野青木島教室の放課後等デイサービスでは運動療育を目的とし、発達障害・ADHD(注意欠陥・多動性障害)や自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群や高機能自閉症含む)などの広汎性発達障害、学習障害(LD)、知的障害、ダウン症など様々な障がいを持った子供達と楽しく運動あそびをしています。見学も随時行っていますので気になる方はお気軽にご連絡ください。